子どもの存在

前回からずいぶん状況は変わった

育児休職は終了、職場に復帰し、子どもは保育園に通い始めた。

ぼくは退屈な会社員生活を送ることになったが、相方はなぜかストレスが軽減されることにあなり、家庭生活のギスギスはかなり低減された。

離婚もそこまでチラつかなくなった(それでもたまに喧嘩してやはり合わないなとはなるけど)。

 

他方で、子どもは大きく変わった。保育園に通いはじめ、なにやらコミュニケーションも上手になってきた。年明けくらいからはこちらがいった言葉をくりかえすようになった。

コップを落として「ああー!」と言えば、子どもも「アー!」と言う。

「これ硬いよ」とパンを渡すと「カタ!」と言う。ちいかわっぽい。

 

コミュニケーションができるようになると可愛さも増すものがある。僕のことは「トト!」と呼んでくれる。なにをしても笑ってくれる(実際そんなことはないけどそんな気がしてくる)。

子どもができて変わったことのひとつに、世界中の子どもに同じように愛情を注ぐようになることだと思う。それまでも薄くはあったが、突然濃くなった。テレビや街中で見る同じくらいの子どもたちを微笑んで見てしまう。これはなんなのだろう。

 

もしかしたら今が一番可愛いのだろうか。これからしゃべれるようになれば、考えもはっきりしてくるだろうし、拒絶することも増えるだろう。いまはもう愛玩動物のようだ。

ただ、それでもしゃべれるようになり、また別の次元で思いが通じ合ってきたりするのだろうか。うーん、そこまで言葉は有用だろうか。

 

あとこれはまた別でちゃんと書きたいが、会社を辞めることにした。

転職ではない。一度フリーになることで自分がどうなるのか見てみたいからだ。

今回は子どもの可愛さについて書きたかったので、これで終わり。

 

 

 

 

 

離婚後の生活を想像してみる

子どもを引き取るかどうかによるのだが(かつそれは争うかもしれない)、引き取る方向で想像してみる。

つまりシングルファザーだ。

 

まず、会社は簡単には辞められなくなる。

子どもは保育園に預け、発熱や病気になればつきっきりでみなくてはならない。

病児保育もあるが、数を多くなくいつも使えるわけではないからだ。

なかなかバリバリ働くというのは難しい気がする。

 

金銭的には2歳までは保育園代で毎月5万円程度かかることになる。

それ以降もいろいろとかかってくるだろう。

これは元配偶者からの養育費を頼りにするしかない。

 

飲み会なんて行けることもなく、仕事が終わればずっと子どもと一緒であろう。

楽しそうでもあり、大変そうでもある。

これが10年くらい続くのだろうか。

子どもと居酒屋に行くようになりそうだ(昭和か)。

 

会社で異動もあるだろうから、そうすると引越しもしなくてはならない。

これもハードそうだ。

 

ぼくは弱い人間なのでこの状況ではすぐに負担を分ちあえるひとが欲しくなると思われる。

恋人とか事実婚とか、よくわからないけど。

必要に迫られた交際相手、魅力的だろうか?

 

他人からはあまり明るい人生には見えないかもしれない。

だが、一方でいいこともある。

 

このまま夫婦二人が不機嫌に暮らしていくことがなくなる。

そんな負の感情を蓄積しても何も良いことはない。

 

また子どもを自分の好きなように育てられる。

これはちょっと良いか悪いかはわからないが。

例えば今までは配偶者が乗り気ではなかった様々な趣味やイベントなどに子どもと一緒に参加できるようになる。

 

あと、これも密かにあるかなと思っているのが、

ひとりで子どもを育てる方が人生の目標?生きるための強い理由が持てそうな気がする。

つまり人生を頑張れそうである。それが良い方向に働くかもしらん。

 

こんな妄想をするくらいには今は死んだように生きている。

それと比べればマシかも?

 

あとはこれが子どもにとって良い選択になるかどうかを考えなくてはならない。

母子家庭で育った大学院のかつての友人に相談したときは開口一番反対された。

(その後、彼も離婚すると反対はしなくなったが)。

 

とりあえず仕事に復帰してから考えよう。

そのためにも保育園に入らねば。

 

 

 

 

 

 

 

熱気にあてられる

 

久しぶりに気球の大会に参加した。

子どもは相方に預けて、心ゆくまで遠征を楽しめた。

 

参加したチームはぼくの同世代のメンバーで結成されており、グランプリに参加しつづけている一方でローカル大会にもちょこちょこ出ているバランスの良いチームである。

 

そのなかのメンバーのひとりと行き帰りの車中で色々話した。

イカーをハイエースにしたり、有休は全部気球のために使ったりと、気球を専業にするわけでもなく、趣味として、しかし趣味のために生きるその姿勢に、何かこう懐かしいものを感じつつ、素直にいいよなぁと思った。

ぼくも大学院を出た頃はこういう方向を目指していたことを思い出した。

 

狩猟やらビールやらいろいろ寄り道して、元の道を忘れてしまったわけだけど。

 

やはり気球は面白いなぁ。

それは気球をやってるひとたちの面白さに由来するんだろうと思う。学生の頃は思わなかったけど、働きはじめて世の中退屈なひとがいかに多いかを思い知った。自由に生きられないひとたち、いつまにかぼくもそちら側の人間になっていたのかもしれない。

 

もう少し自由に生きたいと思う。

 

気球活動については相方への理解が不可欠だが、どうも相方の気球活動との相性が読めない。あんまり向いてない気もする。おそらく雑魚寝は嫌がるし、なにより個性がない。

このあたりは諦めずにちゃんと育成というか、誘導していかないといけないのかもしれないけど。

 

もちろん自分だって気球をどうやるのかを考えなくてはならない。

単純に懐かしさで、あの頃の楽しさを追いかけるように活動をしても良いことはないだろう。

グランプリは面白いが、別にグランプリでなくても良い気もする。

なにかひとの結節点になるようなそんなことができればいい。

 

最近、離婚という言葉がちらつく。

もともと結婚に対して何も希望は抱いてなかったし、子どもを育てるのは面白いかなというくらいの認識で結婚した身である。

向こうの安定したステータスへの依頼心もあった。

 

ただ、子どもが生まれてより相方の指図やわがままがひどく、辛いものになってきた。

性格的にはわがままであることはこれまでと変わらないのだが、そのわがままを通すくらいにぼくへの敬意がなくなってきたということなのかもしれない。

 

しかし、それは仕方ない。ぼくも敬意などとっくになくなっているからだ。

 

最近は仲良く会話する日の方が少ない気もする。相方がたまに寝不足ではない日は機嫌は良いが、それ以外はクソみたいな人間になる。

 

この機嫌取りをこれからも続けていくのかと思うとややうんざりする。

 

結婚したのは間違いだったのか。

これまでも考えることはあったが、楽天家ゆえ「まあ、なんでもいいか」と思っていたけれど、いまは少し間違いだったかなと思い始めている。

 

ここ半年くらいぼくは死んでいる。

 

わたしはどう生きるか

久しぶりに熱気球のローカル大会に行ってきた。美味しいローカルフードやパーティ、バーナーも握れたので満足ではあったのだが…。

 

どうも気分は最後まで盛り上がりきらなかった。チームのみんなが盛り上がれば上がるほど、冷静になっていく自分がいた。それ自体はいつものことなのだが、冷静になる人間がひとりしかいないと孤独を感じることになる。

 

これはノリの問題なのかもしれない。今回お邪魔したチームでは写真を撮りあったり、お互いを「かわいい」と褒めあったり、過度に楽しそうに見せようとしている(広義の映えとも言える)人たちが一部おり、そのような言動にのっかることができないわたしは、むしろ白けてしまうのだ。

 

本当に興奮したり、楽しいときは「映え」なんて気にしなくなるのでは、と思ったりもする。

 

たしかにそのような人間たちはチームの一部である。ただ、そういうノリで全てが滑稽になってしまうのが悲しい。人目を気にする(あるいはあえて気にしない)文化だ。

 

ただ、やはり少し時間が経つと自分の反省点も見えてくる。もっと自分の感情を言葉にした方がよかったなとか、もっと周りの人に興味ある感を出した方がよかったかなとか、そういう器用さがあればよかったなと。訓練が必要である。ただ、やはり本当にどうでも良いとしか感じない。困ったものだ。

 

自分はどう生きるべきか、そんな古来からある問いをふと思い出した。

 

 

ポイントオブノーリターン

ポイントオブノーリターンとは

回帰不能点。エコ界隈では、どんな対策を行なっても温暖化が不可逆に進行し続けるようになる境界点のことを指す。

 

男性の育児休暇の回帰不能点はどこだろうか。育休の機関によってキャリア継続ができるかできないかの境界はあるのだろうか。わたしはすでに一年間の育児休暇を取得しており、これを延長するかを悩んでいるのだ。

 

これはなんの根拠もないが、男性の育休は取得されるようになってきたとはいえ、数週間を分割して取得するとかが一般的で、長くても1-3ヶ月くらいじゃないかと感じている。

わたしはすでに一年間取得したことで、会社内でのキャリアは停滞する可能性が高い。それでも昨今の風潮を背景にして良いふうに理解してくれてることもあるので、復帰には問題ないだろうと予想している。

だが、それが一年延長になったらどうだろうか。保育園に入れませんでしたという役所からの通知を2回も転送することになる。「本当か?」という疑いの視線に耐えながら生きることになるのだ。

 

いやまあ、どうせ辞める会社だと考えれば別に良いのだが、なんとなく気が進まないところがある。意図的に空気の読めない人間になることはこれまでも何度もあったが、少し規模が大きくなるというのが悩める原因だろう。

会社のキャリアの捨てるということは、これまでなんとなく維持してきた普通の道と決別することだろう。普通の道なんてないし、こんなふうに書くと大したことない気がしてくるが。

 

自分が何に恐れているのか、なんとなくわかってきた。そろそろ先延ばしにするのをやめなくてはならないし、やめてもいい頃なんだと思う。

 

親になること

「シスター」という中国の映画を見ていた。

一人っ子政策による社会の歪み、それに人生を左右される女性たちを描いている。

相方と一緒に見ていたが、相方は携帯を見つつ、友人と出産祝いについて話しているようだった。

途中相方は、出産祝いの鼻水吸引機の色は何がいいか、名前スタンプについてくるインクかシールはどれがいいかなどを聞いてきて、心底どうでもいいと感じた。今それを聞くのかと憤りそうになったが、すでにもう向こうの方が怒り気味だったので、思いとどまった。

インクではなくシールにした。

これがひとと生きていくということだと思う。

いずれにしてもシスターは素晴らしい映画だった。心を揺さぶられる。

 

ぼくも第二子ということで放任?愛があまり与えられず?に育った気がする(実際はどうかわからないが主観的な感覚として)。

初めて小学校に通うとき、なにを準備したらいいかわからず誰にも助けてもらえず焦ったのを強く印象として残っている(結局忘れ物が多い児童になった)。また小学校中学年くらいまで髪を洗うのが好きではなく、とくに強制されないのでいつまて洗わずにテカテカと輝いていた(これは兄も同様だったが)。ほかにも体操着は週に1回持ち帰るかどうかだったりもしたし、一年中半袖半ズボンの不潔で季節感のない児童だった。

それゆえかわからないが、割と希死念慮は強かった。毎日が同じように感じ、これがあと何年も続くのかと思うと耐えられなかった。季節感がないからこうなる。日常の生活の中にある面白さや発見、そうしたものを教えてくれたらよかった。なにもなく、物語もなく、ただただ生きてきた。いまでも何かを物語ることは大変苦手だ。   

ただ、いつかは大人になる。社会人のフリも上手になる。

それでも親から離れた場所にいつつ、優しくしてしまうのはいまでも愛されたいと思っているからなのかもしれない。そんな子どもな自分に気づく。